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【シリーズ軍縮】 (1)SALTⅠ

背景:核戦争の回避

 第二次世界大戦以後の世界の特徴であった冷戦構造は、アメリカを中心とする西側陣営とソビエト連邦を中心とする東側陣営とに分かれて対立していたことが特徴ですが、もう1つ、大事なことがあります。それは、両陣営が互いに核兵器を向け合っていた、ということです。

 核兵器の破壊力は絶大なので、1発でも使われてしまえば甚大な被害が出ます。攻撃を防ぐにはどうするか?両陣営が出した答えは、核兵器で攻撃されたら核兵器でやり返す、ということでした。結果として両陣営ともに多数の核兵器を開発し、配備するようになりました。相手が多数配備するならば、こちらはもっと多く配備してやる、絶対相手には負けないぞ、と両陣営が考えた結果、核兵器の数は際限なく増大しました。しかし、核兵器の開発・配備は両陣営の経済的負担でもありました。

 この状況で、核戦争の危機に実際に陥ったこともありました。それがキューバ危機です。このときはなんとか回避されましたが、いつなんどき同じことが起こるかわかりません。

 そこで、核戦争の危機をいくらかは回避しよう、それから財政的負担も軽減しよう、ということを見据えて、核軍縮交渉がアメリカとソビエト連邦の間で繰り返されていきます。

 

SALTⅠ:数の制限のみ、不完全でも一歩前進

 1969年から、米ソ両国間で核兵器制限に関する交渉が行われました。これを第一次戦略兵器制限交渉(Strategic Arms Limitation Talks 1)、頭文字を取って略称をSALTⅠと言います。1972年には条約が調印されました。そこで決められたことは、現在保有している分から核兵器を増やさない、とするだけのものでした。

 増やさない、ということは、今あるものを廃棄して新しい改良版に置き換えることは何ら問題ないわけですね。また、ミサイルに核弾頭を複数搭載する、MIRV(Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle)についても制限がありませんでした。このMIRVは、ミサイル1発でたくさん核弾頭を搭載して広範囲を攻撃できたので、破壊力はむしろ増大してしまうのですね。

 とはいえ、何らの制限もない状態から比べれば、一歩前進です。交渉では、合意できるところから少しずつ合意していって次につなげる、ということが大事です。その意味で、この交渉は大きな成果があったといえます。

 

SALTⅡ:幻

 1972年のSALTⅠに引き続き、さらに交渉が進められました。今度は、核兵器の運搬手段(ミサイルとか爆撃機)やMIRVの制限が盛り込まれました。内容的にもさらに前進ですね。この内容を盛り込んで、1979年に条約はウイーンで調印されます。

 ところがこの条約は幻に終わります。なぜか?1979年には、ソビエト連邦がアフガニスタンへと軍事侵攻します。これに反発した西側諸国は、翌年1980年のモスクワオリンピックもボイコットするなど、協力ムードは完全に消し飛びました。そのためこの条約も実施されないままに終わってしまいました。

 

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【シリーズ軍縮】 (1)SALTⅠ

【シリーズ軍縮】 (2)INF全廃条約

【シリーズ軍縮】 (3)第一次戦略兵器削減条約(STARTⅠ)

【シリーズ軍縮】 (4)第二次戦略兵器削減条約(STARTⅡ)

【シリーズ軍縮】 (5)部分的核実験禁止条約(PTBT)

【シリーズ軍縮】 (6)包括的核実験禁止条約(CTBT)

【シリーズ軍縮】 (7)核拡散防止条約(NPT)

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